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ネットゲーム、シルバーレインにて銀誓館学園の生徒達と、その背後の日記。
April / 30 Tue 00:37 ×
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February / 29 Fri 21:38 ×
その手をつないで、薄紅の春を、瞼に。


BGM「桜日和」ランクヘッド

 それなりに晴れていた空だった。
良い天気で良かったなぁと思ったから、誰かに宛てた訳でもなくふいに呟く。
「良い天気で、良かったなぁ」
2008年2月29日。
桜はまだ咲いていないが、旅立ちの日にはこのぐらいの天気がちょうどいいのかもしれない。
銀誓館に門限はないような物らしく、居たい生徒は深夜になっても残っていたりするが、
彼はいつものように自分の今の住居へと帰ることにした。
やっぱり彼のような生徒の方が多いらしく、周りを見れば下校する学生がぽつぽつと歩いている。
それは一人だったり複数だったりしていて、ちらほらと卒業証書の入った筒を持っているのもみかける。彼はというと、筒はいつもの肩掛け鞄に突っ込んで手ぶらの状態だった。

 卒業式と言っても、何かしらあれば学園に来ることになるのだから、
同じ登下校を繰り返す頻度が、少しだけ減る程度なんだろうと彼は思っている。
転校してから新しく出来た友達との距離も大して変わらないだろうし、
今後一生をささげることになる“仕事”とも、多分これからも離れることはない。
「変わんねぇなぁ」
正直者の口は、その時思ったことしか言わない。
突然訳のわからない化け物に襲われて、写真でしか会ったことのない母親の死の真相と家の真実を知らされ、それまでいつも距離の近かった友達や居心地の良い学校と引き離され、膨大な生徒を抱えるマンモス校に吹っ飛ばされた挙句、
訳のわからないそいつらとの死闘を始めることになってしまった高校二年生の冬から思えば、まさしく激動の一年だったけれど。
「まぁ、いっか」
もともと順応性は早いタイプで、慣れてしまえばこんなものだ。
未来が少し変わるのはよくあることで、彼にとってこのぐらいは“少し”の部類。

 見慣れたいつもどおりの道を歩いて、色あせた白い壁に囲まれた住処にたどり着く。
玄関を開けてすぐに、あまり多くはない郵便受けの集合体の隅にある、“倖端”と自分の苗字が書かれた郵便受けの口から封筒が覗いているのに気付いた。
「あ」
蓋をギィっと開けてみれば、三通の手紙たちと、小さな小包が一つ。
お世辞にもてきぱきとは言えない動作で、もたもたと束と小包をまとめてひっつかむ。
自室に荷物を置いて、だらだらと制服を脱ぐ。イグニッションした時もしばらくはこの服に世話になるので、大した感傷もない。シンプルな青いボーダーの長袖のTシャツと渋い色のジーンズに着替えて、郵便物をひっつかんまま居間に向かう。

 同居人達は皆外出中らしく、居間は静かだった。
帰ってきたらおめでとうを言おうと、卒業仲間の顔を浮かべながら縁側に座る。あまり大きくない庭と、やわらかい空が眺められるこの場所は、隣の道場よりも彼は此処に居る方がすきだ。徐々に赤みを帯びていく空を見ながら壁に体を預けて、空から視線を外しまずは一通に目を通す。
「あぁ、先生かぁ」
一通目を送ってきたのは、小学校の恩師。そういえば彼が居たから、この名前と外見でからかわれることは皆無だった。小学校の担任が、学校入学卒業の度に手紙を生徒一人一人に送るのは珍しいと、前の学校の友人に言われたことがある。筆ペンを使って落ち着いた筆跡で書かれていたのは、おめでとうの言葉と、またいつでも会いに来てほしいというよくある内容。どんなにありがちな文章であろうと、本当に心に響くものだから、春休み中に母校に遊びに行こうと決心する。

 二通目はいつものダイレクトメールで、さっさと三通目にとりかかる。少し分厚い手紙は、前の学校の仲間達からだった。
『こっちの卒業式には必ず来い、同窓会も同時開催。来なかったら殺す』
丁寧な字なのにとても乱暴な内容が連なっていて、書いたのは誰だろうと考えてしまう。
メンバーの数人には携帯のメールアドレスも番号も教えているのにわざわざ手紙にするのは、
封筒にまとめて入った写真達が理由だった。
楽しそうにこちらにピースをする仲間達の姿を見ながら、小さな学校だったからかクラス替えもなく、男女や性格の関係なく本当に仲が良かったのを思い出す。
「変わんねぇなぁ」
ついさっき呟いた言葉をもう一度呟いたことに、彼自身は気付いていない。
『一足お先におめでとう』『大学受かった!』『卒業式絶対来てね』
裏に個性豊かな筆跡が書き込まれた写真達は少しホラーな気がして、笑いがこみ上げる。
日時はとても急だが、卒業旅行と期間はかぶらない。必ず行くことを今日中に電話で伝えておくことにした。

 最後に残った小包に書かれていたのは、紛れもなく父親の名前。
誕生日に送られてきた物を思い出して、かなりの不安が胸をよぎる。
しばらく考え込んだ結果、とりあえず中身を確認してから、そのあとの贈り物の扱いをどうするか考えることにした。
「お」
小さなダンボールの箱から出てきたのは、真新しい革製の財布と、銀細工のペンダントが付いたネックレス。前者はともかく後者はどう考えても女物で、どういう意図なのだろうと頭をかかえそうになる。
同封された手紙には、自分とよく似たあまり綺麗ではない筆跡で、書き慣れていないのが分かるぎこちない文章があった。

『花へ
卒業おめでとう。本当は式に出たかったのですが、どうしても出られなくて、この手紙を書いています。何もなく無事に卒業できて、父さんはうれしく思っています。そして花が銀誓館に通うことが決まってから、ずっと思っていたことがあります。本当は、前の学校で3年間をクラスメイト達と一緒に過ごして、卒業してほしかった。父さんの跡を継いでもらおうとは思っていましたが、毎日幸せに過ごしてほしいと思っていました。花はゴースト達と戦うことをこれからもやめないだろうし、父さんも花と同じように道場と仕事を続けます。ですが、道場や家のこととは関係なく、花はこれからも自由に生きて下さい。道場やゴーストの為ではなく、大事な人達と自分の為に、母さんから貰った一生を使って下さい。父さんも母さんも、それを望んでいます。
父さんは手紙が得意ではないので、これくらいにしておきます。
花の友達や、トシヤ達も会いたがっているので、春休みにまた里帰りして下さい。
一緒に送ったのは卒業祝いです、それでは。 父さんより』

 大きな息をはいて、もう一度文章をざっと読み直す。
「丁寧語なんて、使わねぇのになぁ」
不器用で優しいところがよく似ていると、兄貴分に言われたのを思い出す。
父親からの手紙で、こんなにも嬉しいのは久しぶりだった。お互い距離が離れてから、昔以上にすれちがっていた気がする。
財布を開閉してだらだらともてあそびつつ外に目をやる。こちらを覗く空は、気付けば完全に夕暮れの赤だった。
「あ、電話」
ふとそんなことを思い出して、いそいそと立ち上がる。
あちらの卒業式でも、きっと桜は咲かないのだろうなぁと考えつつ、出来れば咲いていてほしいと、少し思った。
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